暗い神殿の一室でひたすらに歌を紡ぎ続ける。
"そこ"はまるで牢獄のようだった。
小さい頃からひとりきり。
知り合いはいるけど友達じゃない。
好意を持つ人はいるけど恋愛じゃない。
Missは多くのことを知っていた。
例えば悲しむことだとか喜ぶことだとか、
嘘をつくことだとか願いを持つことだとか、
優しくすることだとか切ない気持ちだとか。
けれどMissはまるでと表現してもいいほどに無知だった。
西向きの窓から見えるのは眩いほどの夕陽だけ。
そんなある日、その窓からMissを覗く、影。
その子供は白い髪と緋色の瞳を持っていた。
「あなたは、誰?」
「ボクはAll」
AllはMissの持つ知識を全く持ち合わせていなかった。
けれど、AllはMissの持たない知識をたくさん持ってやってきた。
自分の持たないものを持つ互いに、彼等は惹かれあった。
Missはこの世界が美しいなどということを想像もしていなかった。
憎らしい夕焼けと暗い石造りの神殿しか知らない彼女は、
目の前の破滅の申し子が創りだした世界を見たいと願った。
窓越しの白い髪の子供と一緒に、行きたいと願った。
「私、あなたと一緒に生きたい、All」
「一緒に行こうよ、…早くこっちにおいでよ、Miss」
手を取った、二人の行方。
それは正しいことだったのか、それとも間違っていたのかは、
今となってはもうわかることはない。
…けれど、それを笑う少女、ひとり。
彼女は騒ぎになる神殿の柱にもたれて、一人巫女を探すでもなく佇んでいた。
愛を知らない、生誕の巫女。
彼女が逃げたということは、
こうしてMissを求める人々を捨ててでも欲しいものを見つけたということだ。
閉じられた窓がひとつだけのあの部屋から出るには、誰かが助けなければならない。
ならば彼女を受け入れてくれる誰かが現れたということだ。
幸せになってほしいと思う。
私達の傲慢で閉じ込められたあの少女。
彼女だって、たとえ人と違った部分があったとしたって、
一人の女の子だということに変わりはないのだから。
そうして笑うMissの姿を思い浮かべて微笑む少女の下へ、来訪者、ひとり。
"彼"は神官たちがあわただしく駆ける神殿を見回して目を丸くした。
「なんの騒ぎだい?」
「あら…Abyss」