消えうせた妻を捜して、滅びた村をさまよう男は、朝靄の中でひとりの老人と出会う。
妻のことを知るという老人は、何故すぐに帰らなかったと男を責める。

曰く、妻は約束の秋が過ぎても、この村が神から見捨てられても男を待ち続けたが、
男が帰らずにいるうちに命を落としたと。
やはりと思う男に老人は語りはじめる。

それは、この村に伝わるひとりの女の物語。


テコナの女



これはある村に伝わる御伽噺じゃ…

はるか往古の村のはずれに
麗しい一人の女が帰ってきたという
髪さえ梳らず靴も履かぬ出で立ちも
望月の顔を貶めやしなかった

その女…テコナは子のある娘じゃったが、
村中の男が彼女を望んでいた

女の周囲はいつでも争いばかりで
あたりの男等は彼女を求め競った
いっそ月の子なら玉の枝も求めなんだが
彼女の望みは そう 永久の平穏 それだけ

テコナが沈んだ入り江の水面は
さぞかし清廉とした涙の色じゃったろう

誰も気付かない 信じない
富も名誉もいらない
…と願う女が確かにここに宿を残していた
他にない愛など与えもされない
この翁が拙い歌をうたわぬ限り

さて…どんな話をしていたのじゃったか…
君の女は それは気丈なものじゃった
戦の飛び火が迫るあの秋が過ぎても
冬も春も彼女は君だけ待ち続けた

彼女が沈むのは入り江ですらなかったが
最期は…君の名を呼んで逝ったよ…

君は帰らない 夜もない
燃え盛る村のはずれ
ひとりの女が帰りを待っても永久に置き去り
壊れ行く 世界は塵も残さない
この翁が拙い歌をうたわぬ限り

ふたりの女の物語りを聞いて
君は果たして何を思っているじゃろう

君は帰り着く やっと来る
彼女の平和な眠り
言葉もないじゃろう…
七年を巡り君を待つだけの女が
君を愛していたこと

さあ 行きなさい
あの子が帰りを待っているじゃろう


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