私の知らないはずの誰かの声が聞こえる。
確かに私と君、二人で生きた記憶は心の中に光っているのに、
けれどそんなことはありえない。
名前も、顔も、何も思い出せないのに。
私と君は、知り合いであるはずはないのに。
何故だろう、その子のことを思うと、
こんなにも胸が熱くて苦しくなる。
その子のことを思い出そうとすると、
私じゃない"私"が、心のいちばん奥から悲鳴みたいな声を上げる。
神様を殺さないで、あの子が泣いてしまうから、と。
そうすると私は、どうしていいのか分からなくなってしまう。
世界を神から解放するのは正しい道だと信じていたのに。
それこそが自分の使命だと知っているのに。
ぼんやりと浮かぶ記憶の中のその子供には、
いつまでも笑っていてほしいと感じるなんて。
ボクは"君"を知らない。
ボクにあるこの記憶は完璧に余すところなく埋まっているはずなのに、
ボクには生まれたときからあるはずもない余分な記憶があった。
その世界ではボクは誰かと一緒に笑っている。
手を繋いで、一緒に過ごして、
それで最後には必ず、パパに何か叫んでいる、そこで記憶は途切れる。
その記憶の中のボクは何を言いたかったんだろう。
ボクはこんなにもパパが大好きで、
パパがボクの世界の全てのはずなのに、
それなのに、どうしてだろう、記憶の奥底で、ボクは彼を恨んでる。
何故だろう、"君"のことを思うと、
こんなにも胸が熱くて苦しくなる。
そう、彼女は夕暮れが嫌いだった。
だけど透けるような青空の下では楽しそうに笑っていて、
ボクが手を差し伸べればいつだって強く握り返してくれて、
彼女が誰なのか確かめたくて、
ボクは…ボクは、いてもたってもいられなくて、
パパよりも、彼女を取った。
顔も分からない彼女が、愛しくてしょうがなかった。
…なんでだろう、ボクには愛なんてわからないはずなのに。
目指すは私たちの生まれ育った神殿だ。
神を殺し、人々を神から解放させ、そして真の自由を手に入れる。
それが私たちに与えられた使命のはずだ。
剣を抜き放つ。神官たちが各々武器を手に立ち向かってくる。
世話になった人々を斬る感触はとても鋭い。
雄たけびを上げて、怒号と悲鳴が渦巻く中、
私たちは神殿の中枢、神のおわす場所を真っ直ぐに目指した。
これは革命だ。
人が世界の主に抗う歴史的な瞬間だ。
以前はそう思えばあんなにも血が沸き立ったのに。
頭の中であの子供の白い美しい髪が掠めて、苛々する。
そんな時だった。
神殿から一人の子供が躍り出る。
神殿の脇は反りたった崖になっていて、
そんな足場の悪いところに、無謀にもその子供は立っていた。
「Lost!あそこの崖に子供が!」
Left-Handの声に舌打ちする。
こんな時に、なんで子供なんかが戦場に…!?
それともあの神殿は、あんな幼い子も駆り出すほど非道なのだろうか。
物心ついた時の生誕の巫女、…私のように。
するとRight-Handが子供とは反対方向を見て息を呑んだ。
「弓兵の攻撃が来るわ!」
背筋が冷えた。神殿は何をしているんだ!
あの位置から撃てば、子供にも当たってしまう…!
皆が止める間もなく駆け出していた。
何かを探すようにきょろきょろしながら彷徨う子供は、
弓が次々に放たれる音に気づいてこちらを見た。
舞い上がる白い髪。
夕暮れのような美しく儚い緋色の瞳。
その柔らかな色合いに一瞬見とれたのが間違いだった。
脚にぐさぐさりと、立て続けに2本の矢が打ち込まれる。
痛みにあえぐことも出来ず、顔をしかめながらも、
子供を庇うように抱きついて倒れ込む。
しかし、これがまずかった。
勢いを殺しきれずに私たちはごろごろと転がり、そして、
一瞬の浮遊感の後、崖下の水面に叩きつけられた衝撃で、
私たちは気を失った。